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2009年10月01日

千葉ののんびり歴史

いつの間にかもう10月ですよ。
電車運行時間が改正になったり、内定式があったり、実は10月1日はたくさんの事が始まる日でもあります。

そんな中このブログも千葉のいろいろな事を紹介していく事にします手(グー)
まあ肩肘張らず歴史から家の庭の事まで千葉に関係していく事を書きたいですねるんるん

とりあえず初日は千葉の歴史にでもふれましょうかねひらめき


千葉ののんびり歴史1「古語拾遺」によると、天富命(あめのとみのみこと)が阿波斎(あわのいん)(忌)部(べ)を率い東国に赴き、麻を栽培、このとき良質の麻が成長したところを総(ふさ)(麻の古語)の国といい、阿波斎部が居住したところを安房と名づけたと言われています。後に都に近いところを上つ総、遠い所を下つ総といい。こうして安房、上総(かずさ)、下総(しもうさ)の三国が定まったそうです。

ちなみに自分は下総側出身です手(チョキ)
下総は千葉県北部、香取(かとり)郡にあった旧町名(下総町(まち))。現在は成田(なりた)市の北部を占める地域ですね。

千葉ののんびり歴史2大化の改新以降は、安房国府(安房郡三芳村村)、上総国府(市原市)、下総国府(市川市)の3つにそれぞれの国に国府が置かれ、奈良時代に入ると、この三国にそれぞれ国分寺が建立されて地方文化の中心となっていったそうです。平安時代に入り、平将門や平忠常の乱が起こり、房総の地は戦場になりました。その後、忠常の子孫から千葉氏や上総氏が台頭し、房総を舞台に活躍。

ちょっと聞きなれた名前が出て嬉しいです(笑)この時代も戦場だったのですね…

千葉ののんびり歴史3豊臣秀吉が天下を統一すると、関東の地を徳川家康に与えています。家康が江戸に幕府を開くと、房総はおひざ元として、経済的にも軍事的にも重要な地になり、天領、旗本領や佐倉藩を配置しました。初期には10藩、幕末には15藩、明治初年には23藩あったそうです。

徳川家の領地だったんですね〜!戦国の世には正直誰の領地だったのか知りませんでしたふらふら
ちなみに今は当時の佐倉藩近くに住んでいます手(パー)

千葉ののんびり歴史4明治初年から、行政はめまぐるしく変わり、同4年11月、安房4郡と上総9郡を持って木更津県、下総9郡をもって印旛県、下総3郡と常陸6郡をもって新治(にいはり)県ができました。同6年6月木更津県と印旛県を廃止し、千葉県が誕生。県庁を千葉町に。

藩が無くなりようやく千葉県が誕生です。現在より市町村合併が目まぐるしかった事が伺えます。こう見ると千葉県も歴史の荒波に揉まれた県に思えて来ますね目

あなたはいにしえ千葉県の何処でした?安房?下総?上総?

Refer from
千葉の観光まるごと紹介
日本大百科全書
ラベル:千葉 歴史
posted by のんびり at 22:57| 千葉 | Comment(0) | 千葉の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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